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「いぃDay!」山岳会日本支部 p130727
第305回:いぃDay!山岳会日本支部登山のご報告 2013年7月27日(土) 行き先【奥多摩/八丁山(1,280m)】
コースタイム:
正直のところ、暑くなりそうだったので小金沢連嶺の稜線あたりで涼みたい感じもあったが、このところ中央線沿線が続いていたこともあり、前回に引き続き奥多摩界隈でプランをひねることに。長沢背稜や雲取山周辺であれば多少は涼しいだろうが、そこまで辿り着くまでにたっぷり汗をかくことになるのは明らか。それではということで、大してアルバイトは無いもののちょっと楽しめる山として八丁山を思い付いた。第119回(http://www.nurs.or.jp/~yide/060520J/2006.05.20J.html)と同じコースであるが、7年前とどう変わったのかも興味の一つ。試しに「八丁山」でググってみると、ヤマレコを始めかなりの記録が載っていて隔世の感がある。なかにはどこかで聞いた「毒草と毒木の山」というフレーズの引用もあったりして、びっくりするやら嬉しいやら。今回は参加者は4名と、この頃ではかなりコンパクトなパーティとなった(尤も、7年前は2〜3人が当たり前)。 ホリデー快速奥多摩91号は季節限定のせいか、時間が早いせいか、はたまた今日は天気が今いちなせいか、立っている人は殆どいない程の混み具合。大方の登山姿が御嶽駅で下車し、奥多摩駅にはさらに少ない人数が降りたったが、それでも東日原行バスには増発便が必要なほどのハイカーが集まった。東京最北の集落、日原はいつもと同じ風情。中日原の先から左に折れ、階段を下る。勝手知ったるこの道は、高校山岳部時代には鷹ノ巣山避難小屋へと向かうため、シュラフを背負って飽きるほど通った。毎度のことながら、いちいち川面の近くまで一旦下ってまた登り直すのは少し業腹だ。日原集落を通る県道204号線から巳ノ戸沢林道へ、水平に橋を掛けてくれる、誰か奇特な人がいないものかと、その度に妄想した。 日原川を渡り、暫く九十九折りの道を進めば道標が現れ、表示は無いもののその後ろに明確な道が斜上している。これが巳ノ戸尾根の入口で、7年前通り。さらにジグザグな道を辿るとやや崩れた石垣が現れ、壊れた食器が放置されているのを見ると、かつてここに人家があったことは明白。さらに登れば墓地もある。その上も暫くスギ・ヒノキの植林帯が続き、尾根に上がる頃は明るい雑木林となる。尾根の末端は露岩となっていて、眼下に小川谷橋や燕岩、籠岩などを望むことができるが、高所恐怖症の人は気を付けた方が良い。尾根上には7年前以上に明確な踏み跡が出来ている。尾根の右側は植林帯で、鹿に食われないようフェンスが張ってあるが、もうかなり成長していてその心配も無さそうに見える。 やがて辺りが明るくなって、尾根の両側が切れてくると露岩が現れる。いわゆる「ミニラの背中」。ホールドが豊富でフリクションが利く岩なので、多少高度感があっても安心して登れる。奥多摩らしくない、プチアルペン気分は変わっていなかった。この先、視界が開けるところはないので、多少平坦となったところでちょっと早い昼食タイム。うっかりおにぎりを落とすと取りに行けないような場所だが、ジャングルジムの上にいるようでちょっと気持ちが良い。八丁山まではもう一息登り。眺望ゼロで何の変哲もない篤志家向け山頂。 お伊勢山まではさらに暫く登り。アセビが目立つようになると山頂だが、地形が複雑でどこがピークなのか判りにくい。アセビが地面を這うように生えている。やっぱり未だお伊勢山はアセビ山だった。鞘口ノクビレまではほんのひと下り。ここまでたっぷり汗をかいてかつ結構楽しめたので、このまま藪を漕いでヒルメシ喰いノタワまで行くのは止めにして、旧巳ノ戸沢林道を下ることにする。 踏み跡は殆どないが、石積みの跡など路形がなんとなく残っているので一応、トレースは可能という状況。しかし落ち葉の下は浮き石だらけで、極めて歩き難い。尾根通しではなく、谷沿いの道なので尚更なのだろう。以前、目立っていたハシリドコロはあまり見られない。旧道が沢身と重なる部分は路形が判然としないため、歩きやすいところを探しながら滑らないよう慎重に進む。いくつか丸木橋を渡るところがあるが、朽ちかかっているので恐る恐る渡る。いずれ渡れなくなる日が来たら、ゴルジュ部の通過は沢下りと変わらなくなるだろう。かつてのワサビ田の跡を過ぎると、やがて稲村岩尾根ルートとの分岐点に到着。安心して歩けるのはありがたい。 東日原に着いたらさっそく酒屋でビールを調達。大量の汗で体が乾いているせいか、いくらでも飲める。落ち着いたら頃合い良くバスが到着、奥多摩駅まで移動。目当ての麻葉の湯は家族連れの予約でいっぱいとのことだったので、馴染みの玉翠荘で汗を流す。湯上りに、汗をふきふきロビーのテーブルを囲んでまたビール。宿の主人に漬物をサービスしてもらう。駅に戻ってホリデー快速が来るまで、駅舎2階のクーラーが利いた展示コーナーで暫し時間調整。山野井泰史の記録写真や登攀装備が並んでいた。 立川に着くと、予め予約していた蕎麦懐石「無庵」に向かう(その前に「しぇもと」に電話してみたのだが、やっていなかった)。今夜は昭和公園で花火大会とのこと、浴衣を着た老若男女が立川駅前で渦巻いている。「無庵」に入ると、抑えめの照明、抑えめのJAZZがゆったりと流れ、洒落た料理を突きつつ喜正を傾け、暫し憩う。店を出るとき、今まで外が豪雨で、花火大会が直ちに中止になったことを知る。駅に向かおうとすると、可哀そうに濡れそぼった浴衣姿の若者達が、洪水のように駅に押し寄せていて、一寸気後れしてしまう。駅も入場規制しているに違いない、ならば何処かで時間をつぶすしかないと言い訳しながら、居酒屋「玉河」に入ってまた一杯やった。 〜 以下クリックすると大きな写真がご覧になれます 〜 |