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コースタイム:
〈1日目〉東武線北千住駅[6:43](特急リバティ会津101号会津田島行)⇒会津田島駅[9:42/9:44](リレー101号会津若松行)⇒会津鉄道・湯野上温泉駅[10:13/10:18]⇒タクシー(7240円)⇒二岐温泉柏屋旅館(荷物デポ)[10:46]⇒御鍋神社駐車場・登山口[11:00/11:10]→P[12:15/レインウェア着用/12:20]→男岳[13:15]→女岳[13:39]→登山口[14:49/14:52]→二岐温泉・柏屋旅館[15:32]
〈2日目〉柏屋旅館[7:40]→P[8:22/8:25]→P[9:32/9:36]→小白森山[10:21/10:26]→一杯山[11:00]→P[11:26/11:31]→大白森山[12:12/12:20]→甲子峠[12:58]→P[13:07/13:12]→甲子山分岐[13:51]→猿ヶ鼻[14:12/レインウェア着用/14:21]→甲子温泉・大黒屋[15:13]
〈3日目〉大黒屋[10:00]⇒送迎バス⇒新白河駅[10:30/10:50](東北新幹線なすの272号)⇒東京駅[12:16]
トレイルマップ
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高度記録
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「ブナの紅葉を求めて南会津の寂峰を巡る山旅」「秘湯の二岐温泉と甲子温泉に浸かる贅沢プラン」の触れ込みのとおり素晴らしい山旅を経験してきた! しかし、そう簡単に良い思いができるわけはなく、山歩きはなかなか大変で、かなり鍛えられた。
〈1日目〉
東武線リバティで会津田島へ、そこから野岩鉄道を乗り継ぎ、ネギを箸にして食べるお蕎麦で有名な「大内宿」の最寄り駅である会津鉄道湯野上温泉までやってきた(栃木県内は野岩鉄道、福島県内は会津鉄道となる)。湯野上温泉駅は、茅葺のとても趣のある駅舎だった。
タクシーで二岐温泉まで移動し、荷物をデポして、御鍋神社登山口へ。登山口には「クマに注意!!」の大きな看板。キノコ狩りに来ていた男性が「早朝から熊の鳴き声が聞こえていたし、道がぬかるんでいるから気を付けて」と声掛けをして車で去って行った。熊に襲われた事件が連日報道されているので、冗談では済まされない。緊張!
登山口から鬱蒼とした林の中、割と斜度がある道を坦々と登っていく。八丁坂、あすなろ坂、ブナ坂と命名されている。
ブナ坂あたりは少し傾斜が緩く、名のごとく黄色く色づいたブナに囲まれ、湿地になっている。男性が言っていた熊の鳴き声を聞いた場所はこの辺りか・・・と思ったところ、「グオー、グオー」と聞こえて、ドキッとしたが、木の枝が擦れ合った音のようだった。
前日に大型低気圧が日本列島を横断して、今日は天気回復・・・と期待していたが、何となく雲行きが怪しい。行きの電車から眺めた男体山も頂上付近がすっぽりと雲に覆われていたが、二岐山の頂上付近も何となく同様の雰囲気だ。と思ったら、ポツポツと雨粒が落ちてきたので、慌てて雨支度をした。
登山道は、昨日の雨のせいか沢のようになっている。先月登った雨の西吾妻山がよみがえった。西吾妻山ほどではなかったが、なかなか手強い道だ。
男岳坂の標識あり、ここから男岳山頂までがまたまた手強かった。粘土質の急坂に濡れ落ち葉。両脇の笹や枝にしがみつき、必死で登った。山頂は真っ白。残念無念・・・。本来ならば、360度絶景のはず。シャクナゲに囲まれており、花の時期は素敵だろう。
続いて女岳を目指す。女岳直下も同様のズリズリ。女岳は藪に覆われていた。女岳からしばらくで、「地獄坂」の標識が現れた。いよいよ本日のメインイベント!まさに地獄の苦しみ。ヤマップの地図には「急坂&落ち葉で滑りやすい」と書かれており、その通り!濡れ落ち葉、根っこ、にゅるにゅる粘土の三重苦。ロープを頼りに慎重に下るが、ズリっと何度滑ったことか。
傾斜が緩み、やっとホッとできて一休み。山頂に被っていた雲から逃れ、レインウエアを脱いだ。女岳坂の辺りから、風力発電の風車が3基見えたようだが、私はすっかり見逃していた。あとは、色づいた木々を楽しみながら登山口を目指した。
二岐明神の鳥居をくぐるとすぐに登山口だ。車道を歩いて40分ほどで、ようやく柏屋旅館に到着した。
[柏屋旅館]
母屋から離れた渓流沿いにある「自噴巌風呂」が自慢の宿。馬刺し、イワナの塩焼き、ニシンの山椒漬け、なめこ豆腐など、地元の食材を使ったお料理はどれもこれも美味しかった。イチジクの天ぷら、アンコウの天ぷら、大黒シメジのお吸い物を初めていただいた。(のん)
〈2日目〉
宿の方に朝食の準備を予定より30分早くお願いし、7:40に出発。天候が回復し、今日はなんとか展望が期待できそうだ。
宿の近くの登山口から緩やかな登山道を40分ほど進むと、昨日登頂した錦の衣をまとった二岐山のトンガリや風力発電の鉄塔が木立の間から見えてくる。こうして二岐山を眺めてみると、急峻であったことが改めてよく分かる。落葉したばかりの赤や黄色のトウカエデの落ち葉を踏みしめながら、高度を上げる。青空にモミジやブナの紅葉が映えて美しい。
蟻の戸渡という細尾根を進むとほどなく小白森山の山頂直下の急登になる。昨日の急登を思わせるようなぬかるんだ径はとても滑り易い。幸いロープが付いているので、滑らないよう、一歩一歩足元を確かめながら必死で登る。なかなか山頂に着かないと思いながら登っていると一気に展望が広がり、北に二岐山、北東に猪苗代湖と雲がかかった磐梯山、吾妻山、あだたら山が見えるようになる。
登山開始から2時間40分で、ようやく1つめのピーク、小白森山(1563m)に登頂する。狭い山頂はシャクナゲの木立に囲まれて、残念ながら眺望はない。
小休止の後、一端緩やかに下り、一杯山に向かう。今度は南側の展望が開け、前方に那須連峰のピラミダルな山容の旭岳(赤崩山)、左手に旭岳とは対照的になだらかな三本槍岳、南西の奥には燧ヶ岳も見えるようになる。一杯山の山頂直下は再び急登。しかも、ロープが無いため、笹を掴みながら滑らないよう何とか登り切る。
小白森山から30分で2つめのピークの一杯山に到着する。ここから再び緩やかに下る。これから登る大白森山、甲子山が目の前に見える。小ピークを通過したようだが、二杯山の標識を認識できないまま、いつの間にか通過してしまっていた。
熊笹の広がる緩やかな径の前方には旭岳がより近く見えるようになってくる。12:12出発から4時間30分で大白森山に到着する。360度の大展望が広がり、遠く飯豊連峰も眺めることが出来た。昨日見られなかった分を取り戻したような気分だった。
展望をしばし楽しんだ後は、甲子峠に向かって一気に下る。山頂直下は涸れた沢になっており、所々ロープがかかっているものの、激下り。転がり落ちないように気を使いながらの下山だ。緩やかな登山道に戻ると、ほっと一息。それでも、落ち葉の下には木の枝や石が隠れ、気を緩めると滑るので、しばらく足元に注意しながら進む。
下山開始から40分で、甲子峠に到着。ここから再び甲子山に向かう尾根に取り付き、10分ほど急登を登り返すと展望の良いピークに出た。目の前に甲子山が聳えているが、ここまでかなり消耗したので、甲子山には向かわず、トラバース道を進むことにする。径は緩やかで歩きやすく、1時間ほどで「猿ノ鼻」という広い尾根に着く。いつの間にか空は雲に覆われ、とうとう雨が降り出したので、レインウエアを仕方なく着ることにする。しかし、この辺りまで下りてくると、紅葉が再びきれいに色づいている。
下山まであとひと頑張り。紅葉や黄葉に彩られた九十九折れの径を1時間下ると、ようやくこの日の宿、甲子温泉大黒屋に到着。歴史を感じさせる趣のある一軒宿の周りは紅葉真っ盛りで、なんて美しいこと!!今まで歩いてきた疲れが一気に吹き飛んだ感じだった。
内湯と2つの岩風呂にゆっくり浸かり、汗を流した後は、地の食材を使った美味しい料理やお酒を味わうことができた。
[甲子温泉について]
640年程前に発見されたという古い温泉で、泉質はカルシウム、無色無臭の旧石膏泉。白河藩主松平定信が四季折々の美しさを愛し、別邸「勝花亭」を建てて湯治したという歴史のある宿である。建物は16年前に改装したとのことだが、手入れが行き届いており、とても居心地の良い気持ちの良い宿だった。今回、参加を希望しながら残念ながら参加できなかったメンバーもいるので、いつかまた一緒に訪れてみたいと思える、とても素敵な宿だった。(のり)
〈3日目〉
折角の機会なのでひとりで白河を観光してみた。折しも「べらぼう」で松平定信が、庶民の味方のようでそうでもなかったような取り上げられ方をしていたので、地元白河ではどう評価されているのかを確かめる旅にもなった。
スマホを忘れて来たため、気軽にタクシーを呼んだり、電子マネー決済が出来ない不安を抱えながらのひとり旅。滞在時間は4時間余り、どうするかを前日に考えた。
先ず向かったのは南湖公園。新白河駅から10時50分発の電車に乗って白河駅に10時53分到着。そこから11時丁度発の磐城棚倉駅行JRバスに乗車したら、何のことは無い、このバスは新白河駅経由だった。
南湖公園BSには11時16分下車。南湖公園は定信が造成し、武家だけでなく一般庶民にも開放したため、日本最古の公園とも呼ばれている。那須連山が借景となっていて、確かに風光明媚。「南湖だんご」が名物らしく、何軒も看板を掲げていた(当然ながらスルー)。
定信が祀られている南湖神社も含めひと巡りした後、南湖公園BS12時10分発のJRバスに乗り、白河駅には12時31分に戻る。丁度昼飯時で腹が空いた。白河はラーメンと定信が栽培を奨励した蕎麦が有名らしい。どっちにしようか迷っていたが、偶々バス停の目の前に「大福家」という蕎麦屋があったので入ってみた。
調べてみれば明治20年(1887年)創業という老舗蕎麦屋だった。靴を脱いで上がるスタイル。店内は女性を中心に賑わっていた(店員も女性でとにかく女性だらけ)が、カウンター席が空いていてそこに通される。白河蕎麦は割子蕎麦が一般的らしいが、頼んだのは天ざる。それと地酒の「陣屋」も注文。他に一品ものも頼んでみたかったが、食べきれないと困るので自重した。
「陣屋」は辛からず甘からず程よい口当たりで旨味もたっぷり美味い酒で、一合はあっという間に無くなった。天ぷらはサクサクだし蕎麦もシャキッとしていて良い喉越し。老舗は伊達ではない。不意に入った割に上々吉で大満足、良い気分に浸りながら白河小峰城へ向かう。
この城が有名なのは、定信の居城だったということだけでなく、戊辰戦争で焼失したが寸法が記載された絵図面が残されていたお蔭で、正確に復元された城(正しくは本丸御三階櫓)ということが大きい。しかも大阪城や名古屋城のような鉄骨やコンクリートは使わない、全国でも数少ない木造復元天守なのだ。
公園の一角には「小峰城歴史館」があり、ちょうど特別企画展「松平定信の文化力」をやっていた。(今日は偶々文化の日だったので、三階櫓に入るのも小峰城歴史館に入るのも無料だった)
特別企画展では、定信が老中就任中に処罰した太田南畝や朋誠堂喜三二、山東京伝などの者たちに、隠居し楽翁と名乗った後、浮世絵等の制作を依頼していたと知った。もしその頃まで蔦重が生きていれば、果たして定信はどう接していたのだろうと思い描いてみたくなった。(副隊長)
今回の参加者:副隊長、のんちゃん、のりちゃん、なおちゃん
実働時間:〈1日目〉4時間12分 〈2日目〉6時間54分
累積登高差(+):2338m
踏破距離:20.6km
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